概要
脂質は、生体膜の主要成分です。それらは、生細胞におけるエネルギー貯蔵の主な形態であるだけでなく、よく知られた細胞シグナル伝達メディエーターでもあります。リピドームは、8つの主要なカテゴリー、80以上の主要クラス、300サブクラス、および様々な濃度の数千種類の脂質種から構成されています。リピドミクスは、生体系、組織、体液または細胞内の全ての脂質分子(>30,000種)の体系的研究であり、細胞生理と病態生理をよく理解するためには、脂質の包括的な同定と正確な定量化が重要です。
包括的なリピドミクスは、数百から数千の個々の脂質種を同時に分析することを可能にし、それは個体の健康状態を評価するのに有益です。癌、糖尿病、アルツハイマー病および心臓血管疾患の研究において、脂質プロファイルの相違が報告されています。この様な種類の詳細な脂質プロファイルは、医療リスクの評価、患者の治療の監視と最適化に利用でき、精密医学の概念の基礎となります。包括的リピドミクスのアプリケーションには、農業科学、バイオマーカー、アルツハイマー病、アテローム性動脈硬化症、心臓血管、癌、糖尿病および肥満疾患研究、臨床診断、創薬およびシステム生物学が含まれます。
【解析例】
包括的リピドーム解析は、様々なサンプルに含まれる脂質に対応することができます。以下の様なサンプルに対して、研究アプローチの1つとして本サービスを選択することができます。
- 植物リピドミクス(fig.1)
脂質は、植物で重要な役割を果たしており、細胞膜の構造成分、種子中の主要な貯蔵物質、葉のエネルギー捕捉用色素、および細胞間のシグナル伝達分子として機能しています。リピドミクスの開発により、植物脂質の質量分析のアプリケーションも大幅に改善されてきました。植物リピドミクスは、質量分析を用いた植物細胞脂質の分析として定義されます。分子標的化されていない脂質プロファイリングでは、植物の発育および環境変化に応答する代謝変化を検出するために使用することができます。
脂質は、植物の成長、発達、および環境変化に対する重要な役割を果たすことが知られています。グリセロ脂質は、リン脂質、糖脂質および中性脂質を含む植物において最も豊富な脂質型です。これらの脂質組成は、植物の異なる組織および種によって異なり、また栄養素や環境によって強く影響されるため、ストレスに起因する脂質変化や障害誘発性の脂質変化、加齢に伴う脂質変化などの解析に有用です。
- 酵母リピドミクス
酵母(Saccharomyces cerevisiae)は、真核細胞の生理および分子機能を研究するために広く使用されているモデル生物です。酵母は、トランスクリプトーム、プロテオームおよびインタラクトーム研究が先駆けて実施されており、酵母における脂質解析は、「酵母リピドミクス」と呼ばれています。S.cerevisiaeは、他の真核細胞と比較して比較的単純なリピドームを有し、これまでに同定された約150の異なる分子種を含んでいます。それは、脂質代謝経路の保存されたネットワークを使用しています。
酵母は、飽和(~20%)または一価不飽和(~80%)である16または18個の炭素原子を有する脂肪酸を主に含みます。哺乳動物細胞とは対照的に、酵母はC9とC10との間に二重結合を有する一価不飽和脂肪酸のみが含まれており、酵母脂質の組み合わせに関わるアシル鎖の複雑さを大幅に低減しています。
C5(イソプレン)骨格からの縮合、環化、酸化還元反応の複雑な過程で合成されるエルゴステロールは、コレステロールの代わりに酵母の主要なステロールとなる場合があります。それにもかかわらず、酵母モデルシステムは、特定の脂質種の合成、代謝回転、局在化および分解を制御するタンパク質を操作する絶好の機会を与えます。酵母膜は、D-リモネンストレス、塩ストレス、低酸素ストレス、および栄養ストレスの様な異なるタイプのストレスに対して、非常に感受性があることが示されています。膜リピドームの変化は、ストレス適応において、重要な役割を果たすことが示唆されています。
- 哺乳類リピドミクス(fig.2)
膜およびエネルギー資源の主成分である細胞脂質は、細胞および生理的エネルギー恒常性の両方にとって重要な役割を果たしています。脂質の主な生物学的機能には、エネルギー貯蔵、シグナル伝達、および細胞膜の構造成分としての機能が含まれます。脂質の組成は、組織によって異なりますが、構造成分であるリン脂質は、正常な生理学的条件下では組成がより一定です。対照的に、単純脂質、特にトリアシルグリセロールの割合は、動物生理学的状態および栄養状態に応じて著しく変化します。血漿脂質の組成は、すべての組織に脂肪酸を供給するため、特に重要です。脳のリン脂質は、他の組織よりもホスファチジルセリンの割合が高く、肝臓では、PCとPEは非常に豊富です。
脂質代謝は、ネットワーク内で調節されるため、任意の合成または分解経路の変化は、ネットワークの脂質恒常性全体の変化をもたらし得ます。包括的リピドミクスは、特定の刺激の後のシステム全体のメカニズムに対して有用な情報を提供します。さらに、特定の疾患または病的状態の下で、変化した脂質種および量の決定は、疾患の機序を潜在的に明らかにします。
リピドミクスは、仮設をスクリーニングして検証するための強力なツールとして役立ちます。さらにリピドミクスは、糖尿病および肥満、心臓血管疾患、非アルコール性脂肪肝疾患、精神病および癌を含む様々な疾患におけるバイオマーカーの発見に非常に有用です。
【解析内容】
本サービスは、サンプル調整から質量分析までのサービスをトータルでご提供しております。リン脂質、スフィンゴ脂質、ステロール脂質などの様々なカテゴリー、最大400の同定された脂質種について、LC-MSによる脂質クラスの同定の他、これら検出された各脂質の脂肪酸組成を同定し、正規化された相対強度をご提供します。ただし、提供していただくサンプルのソースにより、同定される脂質の種類や数が異なる場合があります。全脂質種において、リテンションインデックス、mass定量化、生化学データベース識別子、全massスペクトルにより、レポートが提供されます。なお、各脂質種に関しては、絶対濃度ではなくピークの高さにより定量化されます。
【検出できる脂質種】
本サービスで検出することのできる脂質は、以下の通りです。なお、本サービスは、分析手法上、サンプル中に含まれる脂質種を非標的に広範に分析を行います。そのため、必ずしも以下の内容をすべて検出できるわけではありませんので、ご注意ください。
Cer: Ceramides |
LPA: lysophosphatidic acid |
CerG1: Simple Glc series |
LPE: lysophosphatidylethanolamine |
CerG2: Simple Glc series |
LPEt: lysophosphatidylethanol |
CerG2GNAc1: Simple Glc series |
LPG: lysophosphatidylglycerol |
CerG3: Simple Glc series |
LPI: lysophosphatidylinositol |
CerG3GNAc1: Simple Glc series |
LPMe: lysophosphatidylmethanol |
CerG3GNAc2: Simple Glc series |
LPS: lysophosphatidylserine |
ChE, CE: Cholesteryl Ester |
MG: monoglyceride |
CL: Cardiolipin |
MGDG: Monogalactosyldiacylglycerol |
Co: Coenzyme |
MGMG: Monogalactosylmonoacylglycerol |
cPA: cyclic phosphatidic acid |
OAHFA: (O-acyl)-1-hydroxy fatty acid |
DG: diglyceride |
PA: phosphatidic acid |
DGDG: Digalactosyldiacylglycerol |
PAF: platelet-activating factor |
dMePE: dimethylphosphatidylethanolamine |
PC: phosphatidylcholine |
FA: fatty acid |
PE: phosphatidylethanolamine |
GD1a: Gangliosides |
PEt: phosphatidylethanol |
GD1b: Gangliosides |
PG: phosphatidylglycerol |
GD2: Gangliosides |
phSM:sphingomyelin(phytosphingosine) |
GD3: Gangliosides |
PI: phosphatidylinositol |
GM1: Gangliosides |
PIP: phosphatidylinositol |
GM2: Gangliosides |
PIP2: phosphatidylinositol |
GM3: Gangliosides |
PIP3: phosphatidylinositol |
GQ1b: Gangliosides |
PMe: phosphatidylserine |
GQ1c: Gangliosides |
PS: phosphatidylserine |
GT1a: Gangliosides |
SiE: Sitosteryl ester |
GT1b: Gangliosides |
SM: sphingomyelin |
GT1c: Gangliosides |
So: Sphingoshine |
GT2: Gangliosides |
StE: Stigmasteryl ester |
GT3: Gangliosides |
TG: triglyceride |
LdMePE: lysodimethylphosphatidylethanolamine |
ZyE: zymosteryl |
また、包括的リピドーム解析では、オプションとしてバイオインフォマティクス解析もご依頼頂けます。
リピドーム解析におけるバイオインフォマティクス解析は、以下の通りです。
- 単変量解析:ボルケーノプロット、T検定、Fold Change解析など
- 多変量統計解析:主成分分析(PCA)、判別分析(PLS-DA、OPLS-DA)など
- クラスタリング解析:ヒートマップ、K平均、自己組織化マッピング(SOM)
- 潜在的なバイオマーカーの特定
- 差動脂質種の相関ネットワーク
ご依頼頂いた場合は、上記内容をすべて実施いたします。バイオインフォマティクス解析については、データの信頼性と統計的優位性を保持するために、生物学的レプリケート数を1グループあたり3以上で構成していただく必要があります。
サンプル条件
以下は、解析に必要なサンプル量の目安です。ご提供頂くサンプルによって、解析に使用するための必要サンプル量や条件が異なります。詳しくはお問合せください。
なお、リピドーム解析用のサンプルは、できるだけ新鮮なサンプルでご準備頂くことを推奨いたします。また、脂質分子の安定性を保つため、4℃以上での保管は避けてください。サンプル採取後、-80℃保存し、凍結・融解を繰り返すことはできるだけ避けてください。
サンプルタイプ |
推奨量(目安) |
血清・血漿 |
150~200μL |
組織 |
50~100mg *組織部位により、必要量が変わる場合があります。 |
細胞 |
1x107個以上 |
その他、体液類(CSF、尿など) |
1.5~2mL *体液組成により、必要量が変わる場合があります。 |
植物 |
500mg以上 *植物の種類や部位(葉、茎、根など)により、必要量が変わる場合があります。 |
細菌(バクテリア)類 |
1x107個以上 *微生物種により、必要量が変わる場合があります。 |